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東京地方裁判所 昭和51年(レ)263号 判決

控訴人 日本興業株式会社

右代表者代表取締役 尾前義圀

控訴人 尾前義圀

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 原長一

同 佐藤寛

同 安井桂之介

同 小山晴樹

右訴訟復代理人弁護士 犬丸純男

被控訴人 株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役 村本周三

右訴訟代理人弁護士 栗原幸一

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人ら各自に対し金五万円及びこれに対する昭和四九年九月八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴をいずれも棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因(控訴人ら)

1  (主位的請求原因)

(一) 訴外黄木康也は、昭和四九年九月五日、控訴人ら各自に対し、次の小切手を一通ずつ振出し交付し、控訴人らは現にその所持人である。

金額 五万円

支払人 第一勧業銀行京橋支店

支払地 東京都中央区京橋

振出地 東京都中央区

振出日 昭和四九年九月五日

振出人 黄木康也

(二) 控訴人らは、昭和四九年九月七日、右小切手を支払のため呈示したが、いずれも支払を拒絶された。

(三) 被控訴人は、控訴人らに対し、昭和四九年九月五日、又は同月七日、右小切手金債務を引受け、又は同債務につき保証した。すなわち、右各小切手用紙は、被控訴人が発行しているバンク・ギャランティ・チェックの用紙であり、その表面には、「額面金五万円以下でかつ金額訂正のない小切手をカードの記載事項にしたがってお受け取りになった場合には第一勧業銀行の保証が受けられます。」と記載されており、これによって、被控訴人は、右各小切手の所持人に対し、その受領の日又はその支払のための呈示の日、額面と同額の金員を支払う旨の債務負担の意思表示をしたか、又は右各小切手の支払につき支払保証をしたものである。

2  (予備的請求原因)

仮に右の各支払義務が認められないとするならば、被控訴人は、控訴人らに対し、次のとおり不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

(一) 本件各小切手は銀行の支払保証つきであるからこそ経済的信用が高められて流通できるのであって、受取人としてはまさにこの点のみが信頼のよりどころとなるものであるが、このような制度を開発採用した被控訴人としては、右制度が開発されてから日も浅く、実施銀行も極めて少数であるところから、被控訴人の保証条件を知り得ない不特定の第三者である受取人に対し、小切手面上に少なくともカードとはいかなるものであるかの説明及び振出人に対しカードの呈示を求めるべき旨を明記することによって、カード番号、カードの有効期限などの要件を容易に知りうる機会を与えるなど自己の名の信用で流通している小切手の受取人の保護安全について最大限の意を用い、保証の条件の欠ける小切手により受取人に不測の損害を与えないように措置すべき注意義務があるにもかかわらず、被控訴人は、受取人たる控訴人らに対し右のような条件を知りうる措置を全くとらず、小切手面上に不親切不十分な記載をなし、振出人がこれを悪用して受取人を欺罔しやすい状況を作り出し、よって控訴人らに有効な銀行保証つきの小切手であると誤信せしめるような小切手用紙を訴外黄木に交付した過失により、控訴人らに対し次のような損害を与えた。

(二) 控訴人らは、昭和四八年八月三〇日、訴外黄木に対し金一〇万円を弁済期同年九月三〇日、利息及び遅延損害金月八分の約定で貸渡し、右貸金の担保のために本件各小切手を被控訴人の保証付小切手と誤信して交付を受けたが、訴外黄木は元金合計一〇万円及びこれに対する弁済期到来後である昭和四九年八月一日から支払ずみまで月八分の割合による遅延損害金を支払わないうえ、同年八月ころからその行方が不明となり、控訴人らは、訴外黄木から右貸金の返済を受けることができず、同額の損害を蒙った。

3  よって、控訴人らは、各自、被控訴人に対し、主位的には、支払債務負担の意思表示もしくは支払保証契約に基づき、金五万円及びこれに対する各小切手呈示の日の翌日である昭和四九年九月八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的には、不法行為に基づく損害賠償として、金五万円及びこれに対する不法行為時の後である昭和四九年九月八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被控訴人)

1  請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

2  同1(三)の事実中、本件小切手用紙が控訴人ら主張のような用紙であり、記載のあることは認めるが、その余は否認する。

3  同2は争う。

(一) 本件各小切手の表面には「カードの記載事項にしたがってお受け取りになった場合には第一勧業銀行の保証が受けられます。」と明確に記載されており、この文言を読めば、誰でも、カードを見なければその記載事項が分らず、したがって保証を受けられなくなることのあることを知り得るはずであり、控訴人らの主張する保証を受けられない小切手の受取防止のためには右の記載で必要かつ十分であり、被控訴人にはこの点につき何らの過失もない。

(二) 控訴人らは、本件各小切手の原因関係である訴外黄木に対する貸金について、訴外黄木から、昭和四八年八月末日から昭和四九年七月末日まで、月八分の割合による利息及び遅延損害金合計八万八〇〇〇円を受領しているが、これは利息制限法の規定を超えるもので、その大半は元本の一部に充当されるべきものであり、控訴人らはその主張のような損害を蒙っていない。

三  抗弁

(請求原因1に対し)

1 かりに被控訴人が本件小切手金債務を引受け又は保証したとしても、右約定にはつぎのような特約がある。

右約定は、被控訴人と訴外黄木との間で昭和四七年七月二五日締結されたバンク・ギャランティ・チェック契約に基づくものであり、振出される小切手には、同契約の有効期限昭和四九年八月三〇日以内に振出され、かつ裏面に同契約に基づき発行されたバンク・ギャランティ・カード(以下「カード」という)のカード番号「六八二―〇〇三」を記入することを要し、これをみたす小切手についてのみその支払を保証するものである。このことは、前記二3(一)記載のとおり、本件小切手面に記載されている。

しかるに、本件小切手は、訴外黄木のカード番号と異なる番号が記入され、かつその振出は右有効期限後であるから、被控訴人はその支払を保証する義務はない。

(請求原因2に対し)

2 控訴人らが訴外黄木から本件小切手を受領するにあたって、つぎのような過失があるから、その損害額の算定についてこれを斟酌すべきである。

(一) 控訴人尾前は、昭和四〇年前後から約五、六年間某信用組合の債権回収係をやっていたうえ、昭和四五年ころから日本興業の名称で、昭和四九年二月からは日本興業株式会社の商号で金融業を営んでおり、金融の実務においては通常人に比しかなり広汎かつ高度の知識を有し、訴外黄木から本件各小切手を取得する以前にも他の第三者から何回となく同様のものを受取っており、本件各小切手を取得するに当り、カードを現実に見てその記載事項に従って受取らない限り被控訴人の保証が受けられないという仕組みを知っていたのである。

また、本件小切手には、前記のように、カードの記載事項に従って受取った場合にのみ保証が受けられる旨明記されているのであるから、控訴人らは、本件小切手受領の際、訴外黄木に対してカードの呈示を求めるべきであり、カードを一見すれば、本件小切手が被控訴人の保証の要件を欠くことを容易に知り得たのに、呈示を求めなかった。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

被控訴人が小切手の受取人である控訴人に対してなす意思表示は、当該小切手を介してするほかないから、被控訴人の意思内容あるいは右条件は少なくとも小切手面上の記載からのみ理解される範囲に限られるべきである。本件各小切手面上から理解される被控訴人の意思内容あるいは保証の条件としては「額面五万円以下の訂正のない金額の記載」と「カードの記載事項にしたがって受け取った場合」に被控訴人の保証が受けられるということだけであり、後者の記載は何を意味するのか不明確であり、カード番号、有効期限などを知る手がかりとならない以上、被控訴人主張の要件は、被控訴人の右意思表示の内容とはなりえない。

2  抗弁2を争う。なお、被控訴人と訴外黄木との間のバンク・ギャランティ・チェック約定書によれば、「取引店以外の貴行本支店または貴行の指定する金融機関において現金の支払を受けるときは額面を五万円以下とし私または第三条に定める代理人がみずからカードを提示して小切手を振り出します。」(第三節第五条)と規定し、このことは取引店に現金の支払を求めるときはカードを呈示しないで小切手を振出してもよい旨定めているということであり、控訴人らは訴外黄木の取引店である第一勧業銀行京橋支店へ平和相互銀行を通じて支払を受けようとしたのであるから、訴外黄木はカードを控訴人らに呈示する必要もなく、控訴人らは小切手の振出人である訴外黄木に対してカードの呈示を求める義務もない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、この事実と《証拠省略》を併せ考えると、被控訴人が昭和四九年九月七日本件小切手金債務につき控訴人らに対して保証をしたことが認められ、これに反する証拠はない。

二  そこで抗弁1について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、被控訴人のバンク・ギャランティ・チェック制度とは、個人振出の小切手に支払保証と当座貸越契約とを加えて小切手の流通性を高め、その普及をはかろうとするものであり、被控訴人は顧客との間でバンク・ギャランティ・チェック契約(当座勘定規定、当座勘定借越約定及びバンク・ギャランティ・カード約定から成る。)を締結し、顧客に対し所定の小切手用紙(バンク・ギャランティ・チェック用紙)とカードを交付し、顧客がバンク・ギャランティ・カード約定に従い有効期限内にカードを呈示して額面金五万円以下の小切手を振出した場合には、被控訴人が支払を保証することを約したものであること、被控訴人と訴外黄木との間で、昭和四七年七月二五日バンク・ギャランティ・チェック契約が締結され、その借越期間(有効期間)を昭和四八年八月末日、口座番号を〇二四―〇―三二三―八一八、カード番号を六八二―〇〇三と定めたが、その後借越期限が更新され、昭和四九年八月末日までとなったこと、バンク・ギャランティ・チェック用紙の表面には赤字で「額面金五万円以下でかつ金額訂正のない小切手をカードの記載事項にしたがってお受け取りになった場合には第一勧業銀行の保証が受けられます」と印刷されていること(この文言の表示については当事者間に争いがない。)、カードには、その表面に顧客の氏名、カード番号及び有効期限が印字され、「このカードの名義人が振出す第一勧業銀行のバンクギャランティチェックについては額面金五万円以下の場合に限り裏面の定めに従い保証いたします。」と印刷されており、その裏面には、「小切手(バンクギャランティチェック)をお受取りになるときは次のことを必ずお守りください。」とあって、五項目の注意事項が列記され、その中にカードの有効期限を確めることとカード番号を小切手の裏に記入することが挙げられていること、被控訴人では、バンク・ギャランティ・チェックが支払のため呈示されたときは、カードの記載事項であるところの額面五万円以下で金額訂正のないものであること、本人の署名であること、有効期限内に振出されたものであること、カード番号が記入されていることを確め、すべての要件が充されているときは、仮に顧客との約定の貸越限度額を超えていても被控訴人の責任で小切手を決済する取扱になっていること、本件小切手のカード番号欄には訴外黄木のカード番号ではなく、預金口座番号が記入されていることが認められる。

右事実によれば、被控訴人の小切手所持人に対する小切手金支払債務は、小切手がカードの有効期間内に振出され、小切手にはカード番号が記入されることを条件として発生するものと解すべきところ、本件各小切手にはカード番号が記載されず、かつ、カードの有効期限後の振出となっているので、本件各小切手は右条件を具備したものではないこととなるので、被控訴人は控訴人らに対し本件各小切手金の支払債務を負担しない。

控訴人らは、被控訴人の前記約定の条件は第三者である小切手受取人にはこれを知り得ず、したがって、被控訴人主張の条件は本件保証の内容となり得ない旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり、本件各小切手表面には、赤字で「小切手をカードの記載事項にしたがってお受け取りになった場合には」と明記されており、右記載によれば、保証の条件がカードに記載されていることをたやすく了解することができるから、被控訴人の保証を受けようとする小切手受取人は、振出人にカードの呈示を求めて、これを閲覧して保証の条件を了知すべきであり、その呈示を求め、これを閲覧することは容易であるから、この程度の簡略化された記載でも相当というべきであって、控訴人らの右主張にはくみすることはできない。

よって、控訴人らの主位的請求は、その余の判断をするまでもなく失当である。

三  次に予備的請求原因である不法行為の主張について判断する。

本件各小切手の表面には「額面金五万円以下でかつ金額訂正のないし小切手をカードの記載事項にしたがってお受け取りになった場合には第一勧業銀行の保証が受けられます。」と朱書きされており、この程度の記載であれば、意思表示の内容として相当であることは前示のとおりであるから被控訴人に過失があるとはいえない。

《証拠省略》によれば、被控訴人のバンク・ギャランティ・チェック用紙を用いた小切手でカードの有効期限後の振出のため被控訴人が支払を拒絶した例が他にもあることが窺えるが、右事実から直ちに、本件各小切手上の保証条件に関する文言が通常人を誤らしめるような記載方法であると断ずることはできない。

したがって、その余を判断するまでもなく、控訴人らの予備的請求も失当である。

四  よって、これと同旨の原判決は正当であり、控訴人らの本件控訴は、いずれも理由がないから民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条及び第九三条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 櫻井文夫 裁判官小川育央は、職務代行終了のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 丹野達)

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